例のアレについて思うこと


流行りに便乗して読んでみました。もしかしてもうオワコン?

 

そんなことは置いといて、上記の記事はH31年度上野千鶴子さんによる東大入学式の祝辞を想起させました。以下引用文です。

 

あなたたちはがんばれば報われる、と思ってここまで来たはずです。ですが、冒頭で不正入試に触れたとおり、がんばってもそれが公正に報われない社会があなたたちを待っています。そしてがんばったら報われるとあなたがたが思えることそのものが、あなたがたの努力の成果ではなく、環境のおかげだったこと忘れないようにしてください。あなたたちが今日「がんばったら報われる」と思えるのは、これまであなたたちの周囲の環境が、あなたたちを励まし、背を押し、手を持ってひきあげ、やりとげたことを評価してほめてくれたからこそです。世の中には、がんばっても報われないひと、がんばろうにもがんばれないひと、がんばりすぎて心と体をこわしたひと...たちがいます。がんばる前から、「しょせんおまえなんか」「どうせわたしなんて」とがんばる意欲をくじかれるひとたちもいます。


上野千鶴子氏 祝辞


こちら記事の筆者は現在高校生との事ですが、自分の境遇についてよく俯瞰できてい(るように見え)ました。そんなことしてしまうと気付いてしまうことがあって、気付いた途端に「社会を創る」側にようこそ!されちゃうわけですが、気付かないまま過ごすことの出来る人生の方がヘルシーなのではと思ってしまったり。

 

彼女のように叩き上げで上流階級にねじ込んで行くスタイルはかなりハードなことと思います。そして使命感に溢れているばっかりに、これから大変苦悩することでしょう。そんな君へoasisのsupersonicを送りたい。あたしのアンセムソング

 


Oasis - Supersonic (Official Video)

 

私は部落育ちで世間的にはお行儀の悪い部類の人間ですが、社会の授業で「部落」が差別用語にあたることを知るまでは全くそれに対して1ミリも傷ついたことがありません。むしろ知ってしまったことで傷付いた位です。ご近所中ではネットにも載っていないような障害者いじりの差別用語が飛び交ってますし、それが当たり前の環境で育ってきました。記事中で言うところのひまわり学級の生徒は必ずいじめの対象になりましたしそれが普通でした。

 

さて、様々と気付いてしまった人が割りを食う世の中に物申す人達はもりもり沢山いますし、気付かなくてもいいことをわざわざ気付かせてやるような人もいます。(つか私自身そう言ったお節介人間だと思ってます。)

 

しかし先述したとおり、気付かないままの方が…とも思いますし、酷な話で才能が開花しちゃう人間は混じりっけが無く非常にドライにやりたい事をやってたらなんかすげ〜ことに!って場合が多々あります。
感傷的だとどうしても笑えないし。

 

とはいえ恵まれに恵まれた人間が必死こいてる姿、そうでなくても必死なやつというのは大変滑稽で笑えます。


森高千里非実力派宣言という曲があるのですが、実力たっぷりの森高千里が当時作詞したもので、この歌詞から、アイドル、JPOPにおけるエリート臭必死さが伺えてとても良いです。良かったら聞いてみてくだちゃい


森高千里 「非実力派宣言」 非実力派宣言

 

そんで現在独身無職、日本における下流階級二十代を代表する私がこの記事に意見を述べるとするならば、

 

・ま、気付いちゃったよね〜👉
・社会がどうとかその前に、目の前の事に必死こくと超面白いよ🤣🥑🌷
・ほんであわよくば笑われる人生がいいよね〜

 

この三本です!来週もまたみてくださいね!ジャンケンポン🤘ウフフフフフフフフ!!

 

って感じです。

 

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ブログ久々に更新したなあ。